大判例

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福岡高等裁判所那覇支部 平成7年(行コ)6号 判決

沖縄県浦添市内間四丁目二四番二号

控訴人

島袋盛男

右訴訟代理人弁護士

許田進弘

大田朝章

島袋秀勝

沖縄県浦添市宮城五丁目六番一二号

被控訴人

北那覇税務署長 赤嶺有功

右控訴代理人弁護士

渡嘉敷唯正

右指定代理人

崎山英二

新垣栄八郎

林田雅隆

玉栄朋樹

大城守男

桃原仁

宮里勝也

松田昌

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和六三年八月二九日付けでした控訴人の昭和六一年一〇月二三日相続開始にかかる相続税の更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者双方の主張は、次のとおり加除訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目裏七行目の「異議申立て」の次に「を」を加える。

二  同四枚目表七行目の「家督相続人であること」の次に「、本件土地の価格を課税価格に含めて計算した相続税の申告がされたこと」を加え、同八行目の「本件土地は」から同裏一行目末尾までを削除する。

三  同四枚目裏二行目の次に改行して、次のとおり控訴人、被控訴人の各主張を加える。

「三 被控訴人の主張

1  本件土地は、盛庭が昭和二〇年一一月二〇日に死亡する以前に、ナヘに贈与したものであるから、ナヘの相続財産であり、控訴人は、これを相続により取得したものである。したがって、控訴人が本件土地をナヘから相続したことを前提とする本件通知処分は適法である。

2  戦後の沖縄における土地の権利秩序は、いわゆる土地所有権認定作業によって確立されたのであるから、登記のみならず所有権認定の成果にも推定力が認められる。したがって、沖縄における土地所有権の帰属が争われまたは問題となっている事件においては、当事者は、作業の成果としての所有権認定を受けた事実と公示手段としての登記があることを立証すれば足り、これに反する事実を主張する者は、右反対事実について立証しなければならない。

ところで、ナヘは、右土地所有権認定作業において、公権的に本件土地の所有者であると認定され、それに基づき所有権保存登記を経由したものである。そして、控訴人は、昭和二〇年から昭和六一年まで四一年間所有者として行動してきており、控訴人を含めてこれを否定する行動をとった者はいなかった。仮に、控訴人がナヘの生前に家督相続の主張をし、同女がこれを争えば、同女を相手に訴えを提起する必要があるところ、控訴人は、同女の生前には右主張をせず、ナヘの死亡を奇貨として、当然盛庭から家督相続により本件土地を取得したと主張するに至ったもので、控訴人のかかる主張が認められるとすれば、控訴人は裁判によらずして勝訴判決を得たのと同じ結果となり、理不尽な結果となる。

かかる観点からすれば、控訴人が昭和二〇年一一月二〇日に家督相続した旨の主張を四二年以上経過した後に行うことは、信義誠実の原則に反し、権利の濫用として許されないから、前記推定を覆すことはできない。

四  被控訴人の主張に対する控訴人の認否及び反論

1  被控訴人の主張1について

旧民法下における家督相続の制度があった当時、法定の推定家督相続人は死亡したが、次順位の推定家督相続人が健在であるのに、戸主がその家産である土地のほとんどを右死亡した推定家督相続人の妻に贈与するということは希有のことであり、殊に沖縄においては、慣習として、家督相続とトートーメー(祭祀)の継承はほとんど一致し、戸主の財産はトートーメーと共に家督相続人がこれを承継し、その承継人も男子(男子がいなければ男の養子)に限られていたものである。

そうすると、本件において、盛庭には、その家督相続人となる長男の子である控訴人がいたのであるから、これを差し置いて、長男の嫁でありしかも当時三三歳で再婚の可能性があるナヘに本件土地を含む殆どの所有土地を贈与するということは通常考えられず、盛庭がナヘに本件土地を贈与したというためには、本件土地を贈与しなければならない特段の事情が必要であるところ、被控訴人は、その主張立証をしていない。

沖縄においては、第二次世界大戦により不動産登記簿のほとんどが滅失したため、戦後土地所有権認定作業等が実施されて不動産登記簿が整備されたものであるが、家督相続人が未成年者である場合、家産保護の見地から母親名義で所有権保存登記をする事例が少なくなかった。本件においても、ナヘは、未成年である控訴人が一人前に成長するまで家産である本件土地を維持管理するため、自己名義で土地所有権申請をして、土地所有権証明書の交付を受け、それに基づいて所有権保存登記をしたものである。したがって、ナヘは、本件土地を含め、控訴人が盛庭から家督相続により取得した土地を勝手に処分したことはない。

控訴人は、二九歳ころ、本件土地の所有名義がナヘになっていることを知り、自己に登記を移転することをナヘと相談したが、それにより多額の贈与税等が課されるおそれもあったので、相続により登記名義を移転したほうが有利であると考えてそのまま放置していたものである。したがって、控訴人は、ナヘが健在であったころから現在に至るまで本件土地の所有者として固定資産税等をすべて納付してきた。

以上のとおりであるから、本件土地は、盛庭からナヘに贈与されたものではなく、控訴人が盛庭から家督相続により取得したものである。

2  被控訴人の主張2について

本件訴訟は、不動産登記簿及び土地台帳等が第二次世界大戦により滅失したことが原因となっており、不動産登記簿あるいは土地台帳のいずれかが存在していたのであれば、本件土地が盛庭の所有であることが明らかとなり、その死亡による家督相続の結果として、本件土地について控訴人に所有権移転登記手続がなされていたはずである。そして、右戦争による不動産登記簿及び土地台帳等の滅失並びにその復元の責任は、国が負うべきであって、復元が十分になされていないことによる法律上の紛争について、一方的に国民にその責任を転嫁することは許されない。

また、真実の土地所有者が、被控訴人主張の救済手続をとらなかったからといって、その所有権を失うわけではない。控訴人は、盛庭から本件土地を家督相続により取得したという真実の権利関係を主張しているのであり、控訴人の右主張が信義則に反しあるいは権利の濫用として許されないとする理由はない。」

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2及び4の各事実並びに同3の事実のうち、本件土地を盛庭が所有していたこと、同人が昭和二〇年一一月二〇日に死亡したこと、控訴人が盛庭の家督相続人であること、本件土地の価格を課税価格に含めて計算した相続税の申告がされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件土地がナヘの相続財産に含まれることを前提とした本件通知処分に、ナヘの相続財産の範囲について判断を誤った違法があるかどうかについて判断する。

1  本件土地等がナヘ名義に所有権保存登記された経緯、その後の処分状況等について原判決理由二1(原判決五枚目裏五行目〔ただし、番号「1」を除く〕から同八枚目裏八行目まで)に判示するところは、次のとおり付加訂正するほかは当裁判所の認定、判断と同一であるから、これを引用する。

同五枚目裏一〇行目の「すわなち、沖縄における土地所有権については、」を「沖縄においては、第二次世界大戦により不動産登記簿等のほとんどが滅失したため、従前の土地の権利関係を正確に確認することができなくなった。そこで戦後、土地の所有関係を確認するため、」と改め、同六枚目裏六行目の「同市字内間後原四八九番土地」の次に「(当時は、いずれも沖縄県中頭郡浦添村)」を加え、同七枚目裏八行目の「前掲各証拠によれば、」を、同八枚目表末行の「ナヘは、」を、同裏三行目の「ことが認められる」をそれぞれ削り、同四行目の「このように」を「以上認定の事実によれば」と改める。

2  右1において認定したナヘの行動に対する控訴人の対応等について原判決理由二3(原判決九枚目裏三行目から同一〇枚目裏九行目まで)に判示するところは、次のとおり付加訂正するほかは当裁判所の認定、判断と同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決九枚目裏三行目の「3 また、」を「2 証拠(前記乙第二ないし第五号証、第八ないし第一〇号証、第一二、第一三号証、第一五号証、第一八号証、当審における控訴人本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、」と改め、同八行目の「また、」の次に「ナヘの生前は、」を加え、同一〇行目の「窺える」を「認められる」と改める。

(二)  同一〇枚目表二行目の「主張するが」を「主張し、控訴人は、当審においてこれに沿う供述をするが」と、同三行目の「ないのであるから、」から同四行目の「いわざるをえない。」までを「なく、現に、証拠(前記乙第二ないし第四号証、第八、第九号証、第一二、第一三号証、第一八号証)によれば、控訴人は、ナヘの死亡後である昭和六二年に本件土地のうち九筆について真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記を経由していることが認められるから、控訴人の右供述は採用できない。」と、同五行目の「右時点」から同七行目の「形跡がない。」までを「これは、ナヘ名義の土地が同女の所有であることを前提とした行動であり、控訴人の主張と矛盾する行動であるというほかなく、これについての控訴人の当審での説明には十分納得しうるものがない。」とそれぞれ改める。

(三)  同一〇枚目裏八行目の「原告は、」の次に「ナヘの死亡後も」を、同九行目の「る。」の次に改行して「控訴人は、本件土地をナヘから相続したことを前提として本件土地の価格を課税価格に含めて計算した相続税の申告をした理由について、相続税が少額であると思い込んでいたと主張する。しかし、前出の乙第五三号証によれば、税理士が作成した右相続税申告書には、控訴人が納付すべき相続税額が一億一〇〇四万五七〇〇円であると明記されているところ、税理士は税務署に提出する前に当然依頼者に納付すべき税額等その内容を説明するはずであるし、右相続税申告書には控訴人及び元井の各署名押印があることからすると、特段の事情のない限り控訴人は、相続税額を知っていたものと推認され、右特段の事情については、何ら主張はないから、右控訴人の主張は採用できない。」を加える。

3  盛英の供述について原判決理由二5(原判決一一枚目表三行目から同裏一〇行目まで)に判示するところは、次のとおり付加訂正するほかは当裁判所の認定、判断と同一であるから、これを引用する。

原判決一一枚目表三行目の「5」を「3」と、同裏一行目の「窺えるが〔この供述は、」を「認められるが、この供述は、」とそれぞれ改め、同三行目の「第三五号証」の次に「、原本の存在及びその成立に争いのない第五〇号証並びに弁論の全趣旨」を加え、同四行目の「、同二九九番」を削り、同五行目の「され」の次に「、浦添市字勢理客神森原二九九番については、盛英名義で表示登記がされ」を加え、同九行目の「〕、前記4」から同一〇行目末尾までを削る。

4  以上1ないし3において指摘した問題点、証拠の信用性をもとに、先に認定した各事実を総合すると、ナヘは、盛庭が昭和二〇年一一月二〇日に死亡する以前に、同人から本件土地の贈与を受けたものと推認され、本件土地は、控訴人の相続財産であると認めるのが相当である。

これに対し、控訴人は、前記の被控訴人の主張に対する認否及び反論に記載のとおり、盛庭が長男の嫁であるナヘに本件土地を贈与するとは考えられず、ナヘは、未成年者である控訴人が一人前に成長するまで家産である本件土地を維持管理するため、自己名義で所有権保存登記をしたものであって、それ故控訴人が盛庭から家督相続により取得した土地を勝手に処分したことはないと主張する。

しかしながら、右主張に沿う原審証人島袋盛光、同島袋盛備及び同島袋久子の各証言並びに当審における控訴人の供述は、いずれも推測を述べたものであって、たやすく採用することはできないばかりか、かえって、原審証人島袋久子は、「仲西原のナヘ名義の土地が浦添市の市道にかかって、控訴人が受け取るべき補償金が土地の名義人であるナヘに支払われたので二人が争いになった。」、「ナヘは、仲西原の市に収容された土地は自分のものだと言っていた。」と、ナヘが本件土地の所有者であると認識していたことを窺わせる証言をしているし、控訴人も、当審において、浦添市字仲西前原二八五番の四土地につき昭和四四年五月二六日に盛昌を債務者として抵当権設定登記がされた際に、盛昌及びナヘから控訴人に依頼ないし相談がなかった旨、また、同市字内間後原四四三番四及び同四五七番三土地について、相続を原因として元井及び控訴人が所有権移転登記をしたうえ、浦添市に売却し、元井が代金全額を取得した旨それぞれ供述しており、ナヘ、控訴人及び元井らが本件土地の所有者をナヘと認識していたことを窺わせる供述をしている。

また、控訴人は、法定家督相続人が未成年者であるため、家産保護の見地から、家督相続人の親族が自己名義で土地の所有権保存登記をした事例が沖縄では少なくなく、その一例として甲第四、第五号証記載の事例があると主張するが、仮にそのような例があるとしても、本件も同様であるとは必ずしもいえず、最終的に家督相続人の所有となることが当然に予想されあるいはこれが条件となっているような場合には、家産保護のため家督相続人が一人前になるまで取り敢えずという趣旨で、その親族に、土地の所有名義だけではなく、実質的に所有権を帰属させることも十分考えられるのであって、どちらの場合であるかは、個別の事情を考慮して判断すべきものであるところ、ナヘと控訴人の身分関係その他前記認定事実のとおりの本件においては、控訴人が主張する右沖縄県における事情は、盛庭からナヘへの本件土地の贈与を否定するものとはいえない。控訴人は、家督相続とトートーメー(祭祀)の承継はほとんど一致し、戸主の財産はトートーメーと共に家督相続人がこれを承継し、その承継人も男子(男子がいなければ男の養子)に限られていたから、嫁であるナヘに土地のほとんどを贈与することは考えられないとして、沖縄における相続の特殊性を強調するが、盛庭は、前記のとおり長男以外にも土地を分け与えていることが認められ、本件においては、必ずしも控訴人主張のとおりではないことが認められるし、前記のとおり家督相続人が未成年者である場合、家産保護の目的で取り敢えず家督相続人の母親に実質的にも権利を帰属させるということがありうるから、右主張も採用できない。

5  以上によれば、本件通知処分に控訴人主張の違法は存せず、適法になされたものというべきである。

三  よって、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は正当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩谷憲一 裁判官 角隆博 裁判官 伊名波宏仁)

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